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生玉人形 [歴史]

その昔、大阪ミナミの千日前にある法善寺境内の駄菓子屋でこの人形が売られていました
明治の日露戦争の頃、これを生國魂(いくたま)神社の裏門付近に住む前田直吉さんが駄菓子屋さんに勧められてつくりはじめ「生玉人形」として売り出しました。
昭和10年、直吉さんが亡くなったあと奥さんと娘さんが継いだのですが戦災で焼けて途絶え「幻のもの」になりました。
数年前、元関西大学の教授で大阪の生き字引と言われる肥田晧三先生のご依頼で、先生お持ちの2体を娘の麻美と復元しました。
立て烏帽子と三番叟の2種類ですがもとは武士、大名、娘、老婆、老爺など7種類ほどあったそうです。立て烏帽子の町人は、上方落語の祖で元禄時代にこの神社で仕方物真似をやっていた米沢彦八ではないかと思っています。
先日、これを額にいれ、解説を付けて生國魂神社の奉献いたしました。
ゆかりのものがゆかりのところにあるのが必然だと思って喜んでいます人形生玉.jpg


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ムラケン

パソコンを買い替えましたのでテスト送信します。
by ムラケン (2009-07-02 09:49) 

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